第6回 ポルトの夕暮れ時──大航海時代の風を感じる街
- T. OSUMI

- Nov 28
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Updated: 1 day ago

ドウロ川沿いのテラス席で、私はグラスを傾けていた。琥珀色に輝くポートワイン。甘く、濃厚で、どこか郷愁を誘う香り。目の前には、ドン・ルイス一世橋の雄姿。夕陽を浴びて、鉄骨の骨格が黄金色に輝いている。
「もう一皿、いかがですか」
ウェイターが微笑みながら尋ねる。私の皿には、炭火で焼かれた香ばしいイワシがニ尾。すでに二尾は平らげた。日本でも馴染み深い庶民的な魚だが、ポルトガルのイワシは一味違う。皮はパリッと香ばしく、身はふっくらと柔らかい。レモンを搾り、粗塩をふりかけて頬張る。ビールとの相性も抜群だが、今日はポートワインと合わせている。意外なマリアージュが、心地よい。
「はい、お願いします」
現地の人は四、五尾は軽く食べるという。せっかくポルトに来たのだから、現地流を貫こう。
15世紀、エンリケ航海王子がこの地を拠点に、未知の海への挑戦を始めた。アフリカ西岸、そしてインドへ。当時のヨーロッパ人にとって、地球の果てへの冒険だった。スペインとポルトガル——イベリア半島の二つの国が、競うように大洋へ船出し、やがて世界を二分する。トルデシリャス条約。教科書で習った歴史が、ポルトの街を歩いていると、突然リアルに迫ってくる。
この富と冒険の時代が、ポルトの街並みを作った。荘厳な教会、重厚なポルト大学の建物、そしてマノエル・ド・オリヴェイラ監督制作の映画『わが幼少時代のポルト』にも出てくる優雅なカフェ・マジェスティック。19世紀に入っても、ポートワインの貿易で街は繁栄を続けた。アルト・ドウロ地区で栽培されたブドウから造られる酒精強化ワイン。イギリス貴族たちがこぞって求めた、甘美な液体。
グラスの中のポートワインを見つめながら、私は思いを巡らせる。かつてこの川を、樽を満載した船が行き交った光景を。ドウロ川の対岸、ヴィラ・ノヴァ・デ・ガイアには、今もワインセラーが並ぶ。何百年も続く伝統が、今も息づいている。

追加の焼きイワシが運ばれてきた。湯気が立ち上り、炭の香りが鼻をくすぐる。
「サルディーニャ・アサーダ(Sardinha assada)は、ポルトの夏の風物詩ですよ」
隣のテーブルの地元の老人が、片言の英語で話しかけてきた。6月になると、街中で炭火焼きイワシの屋台が出るという。聖人祭の時期には、通りがイワシの煙で満たされるのだとか。
「日本にもイワシの文化がありますよ」と私は答えた。
老人は嬉しそうに頷いた。「海の民同士、通じるものがあるんだね」
そう、ポルトガルも日本も、海と共に生きてきた国だ。大航海時代、ポルトガル人は遥か東の日本にまで到達した。種子島に鉄砲を伝え、長崎で交易を始めた。カステラ、コンペイトウ、ボタン——今も日本に残るポルトガル語。四百年以上前の出会いが、言葉として生き続けている。
川面に陽が沈み始めた。ドン・ルイス一世橋が、夕焼けに染まって浮かび上がる。対岸の建物に、オレンジ色の光が反射する。川沿いのレストランには、次々と人が集まってくる。誰もが、この夕暮れ時を楽しみにしているのだ。
まだ熱をもっているイワシに手を伸ばしながら、私は思った。今回研究で訪れたこの街で、歴史の教科書には載らない「何か」を発見した気がする。それは、ポートワインの甘さであり、炭火焼きイワシの香ばしさであり、そして大西洋へと続くドウロ川の流れの中にある。
大航海時代の冒険者たちも、きっとこの川のほとりで、出航前の最後の夜を過ごしたのだろう。未知への期待と不安を胸に、ポートワインを飲み、イワシを頬張り、そして明日の航海に思いを馳せた。
もう一皿注文しようかと迷っていると、ウェイターが笑顔で言った。
「教授、まだ時間はたっぷりありますよ。ポルトの夜は長いんです」
そうだ、急ぐことはない。この街の時間の流れに、身を任せればいい。ポートワインをもう一杯注文し、ゆっくりと味わう。川の向こうから、ファドの旋律が風に乗って聴こえてくる。
ポルトは、ポルトガル第二の都市でありながら、どこか時間が緩やかに流れている。石畳の坂道、青いアズレージョで彩られた教会、そして世界遺産に登録された旧市街。歩けば歩くほど、この街の歴史の重みが押し寄せてくる。
ポルトは、過去と現在が溶け合う街だ。大航海時代の栄光も、ポートワインの伝統も、そして炭火焼きイワシの庶民的な味わいも、すべてがこの街の一部として、今も生き続けている。
もし、あなたが歴史の風を感じたいなら。もし、本物の時間の流れを体験したいなら。ポルトを訪れてほしい。ドウロ川のほとりで、ポートワインを傾ける。そして、炭火で焼かれたイワシを豪快に頬張る。すると、大航海時代の冒険者たちが夢見た地球の果てにつながる水平線が、今もあなたの瞳の中に鮮やかによみがえってくるはずだ。

(注)今回は、2016年6月にポルトガルのポルトで開催された国際会議に参加した時のメモ書きとポルトに関する情報をもとにClaudeに海外出張の旅行記を作成してもらいました。旅行記のほうは英語版のブログのほうに掲載しているので、そちらをご覧ください。(英語版Blog: https://chatanian.wixsite.com/innovationlove/blog )
英語ブログの文章は長文なので、ドウロ川添いのレストランでポルトガル名物料理のひとつ、炭焼きのイワシと現地産ポートワインに舌鼓をうちながらドン・ルイス一世橋を眺めているシーンを抜き出しておきました。次に、その内容をもとに、大学教授の一人称の旅行雑誌向けのコラムを堅苦しくない、やわらかい表現で作成してもらいました。その一部に加除訂正をくわえたものが上記の文章です。
ポルトガルの炭焼きイワシはナイフやフォークを使わずに、素手で豪快にかぶりついて味わいます。病みつきになること疑いなし。私は滞在中に4~5回はオーダーしたと記憶しています。あちこちのレストランからイワシを焼く煙がもくもくと立ち上っている様子は壮観です。
有名なマジェスティック・カフェは重厚で格調高い雰囲気ですが、カプチーノが4.50ユーロでした。この値段で優雅な気分にどっぷりと浸かれるのであれば安いものです。





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