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第15回 「うつぐみ」で納める2025年

  • Writer: T. OSUMI
    T. OSUMI
  • Dec 30, 2025
  • 6 min read

Updated: Jan 2

沖縄に移住して28年。二年前に定年退職してから時の流れはより一層穏やかになった。2025年の締めくくりには、久しぶりに石垣島を訪れることにした。クリスマス明けの26日から一泊二日、到着日は行きつけの焼肉屋に直行し石垣牛の食い納めを楽しむ。翌朝窓を開けると、予想外の青空が広がっていた。天気予報は曇りだったはずなのに。この機を逃すわけにはいかない——そうだ。竹富島の「うつぐみの碑」を訪ねよう。



島への小さな旅

二度寝の誘惑に負けてしまい、離島ターミナルに着いたときには10時半の船のチケット販売が終了していた。11時半発のチケットを購入し、A&Wで軽食をとりながら出発を待つ。ターミナルに戻ると、出発時間が近づくにつれて長い待ち行列ができていた。わずか15分の船旅だが、やはり座って行きたいものだ。周りには海外からの観光客も多い。


港に着くやいなや、路線バスの待機所へダッシュ。集落までのバスに乗り込む。運転手から「タッチ決済の機械の調子が悪いので、現金払いをお願いします」と告げられる。離島に行くときには必ず現金も用意しているので問題はない。技術が普及しても、離島にはこうしたハプニングが待ち受けている。


診療所入り口バス停で降りたものの、うつぐみの碑への最短ルートはすぐには思い出せない。スマホを取り出せばすぐに分かるが、せっかく離島に来たのに、それでは無粋だ。記憶を頼りに、白い珊瑚砂を敷き詰めて丁寧に掃き清められた道を辿りながら歩き出す。多少遠回りになっても島は狭いのであれこれ心配する必要はない。



途中、水牛観光の団体とすれ違う。水牛は相変わらず気ままにゆっくりと歩を進めている。陽気なガイドの三線の音が真横を通り過ぎていく。年末だからか、閉まっている店も多く、昼食を期待していた観光客が「がびーん」と残念そうに大きな声をあげている。


散策を楽しみながら歩を進めていると、赤瓦の屋根に守り神のシーサーが鎮座する民家が次々と目に入ってくる。石垣の上に咲くブーゲンビリアの鮮やかなピンクが青空に映える。やがて見慣れた小中学校の建物が現れて一安心。中筋井戸(ナージカー)の横を通り過ぎて、うつぐみの碑に到着した。



ひっそりと佇む碑

碑はいつものように緑に囲まれた静かな一角に、まるで自然の一部のように佇んでいた。高さ1メートルほどの素朴な石碑で、珊瑚石灰岩の表面は長い年月を経て風化し、白く変色している。刻まれた文字もかすれて、よほど注意深く見なければ読み取れない。不思議なことに、この碑は長年にわたってほとんど手入れや整備が行われていないように見受けられる。特に看板や説明書きもないので、知らない人はそのまま通り過ぎていく。道端にある大きめの石のように見えるだけかもしれない。



「うつぐみ」とは、竹富島の偉人・西塘が残した「かしくさや うつぐみどまさる(みんなで協力することこそ、優れて賢いことだ)」という言葉に象徴される、この島の精神文化だ。沖縄全域で使われる「ユイ」「ユイマール」という言葉に近いが、「うつぐみ」は竹富島独自の言葉であり、より深い意味を持つという。私もこの言葉の大ファンで、その奥底には世界に通じる最も大切な理念が秘められているように思える。


西塘は16世紀の人物で、首里で石工の技を学び、首里城の石門建造に携わった後、八重山の統治者として竹富島に戻ってきた。優れた技術者であり、同時に人々をまとめる指導者でもあった。彼が残した言葉は、数百年の時を経た今も、島の人々の暮らしに息づいている。



カフェでの一服

うつぐみの碑の先にあるちろりん村のカフェまで足を延ばす。30年以上前からほぼ毎年この島に通ってきたというのに、いつもビーチの方にばかり出かけていて、こちら側に足を運ぶことはなかった。


カフェで注文した生マンゴースムージーは、グラスの中で黄金色に輝いている。ドロリと重量感があって、スプーンですくうようにして味わう。南国の太陽をたっぷり浴びた完熟マンゴーの甘みが口いっぱいに広がる。近くを通り過ぎた中年カップルが「あれ、インスタにあがっていた」と声をあげる。SNSを見て訪問先を決める時代なのだと実感する瞬間だ。


島内をレンタサイクルで巡る人が多いが、白い珊瑚の道は見た目ほど平坦ではない。夏に訪れたときには、コンドイビーチ入り口で補助輪付きの自転車に乗った小さな女の子が「もういやー」と大きな泣き声をあげていた。でこぼこ道で補助輪付き自転車に乗るのは確かに地獄の苦しみかもしれない。今回気づいたのは、電動アシスト付き自転車のレンタルも始まっていることだ。次回は利用してもよいかもしれない。



港へ向かう道

来た道を戻り、反対方向からうつぐみの碑を眺めると、知らない人は絶対に見過ごすだろうと改めて思う。うつぐみの心は素晴らしいので、より多くの人に知ってほしいのだが、整備される気配もない。何か深い理由があるのだろうか。立派な人工物は必要ないと思うが、せめて「おや、これは何かな」と足を止める程度には手入れしてほしいものだ。


その一方、港近くの竹富島ゆがふ館には詳しい説明がある。ただ、実際にポツンと佇むうつぐみの碑の様子とはあまりにも落差のある展示に驚かされる。もしかしたら、それこそが竹富島らしさなのかもしれない——飾らない、ありのままの姿。


集落を通り過ぎて港へ向かう道は、昔は未舗装で土煙が上がっていた。今は整備されて歩きやすくなったが、両側にずらりと並ぶガジュマルの古木は相変わらず、複雑に絡み合った根が地面を這い、枝が道を覆うように伸びている。初夏の頃には、デイゴの木が燃えるような深紅の花を咲かせ、まるで紅の天蓋の下を歩いているような錯覚に陥るほどである。



感謝を捧げて

帰りの船の待ち時間を利用して、ゆがふ館の展示をゆっくりと見て回る。木造の建物の内部は落ち着いた雰囲気で、竹富島の歴史や文化を紹介するパネルが丁寧に展示されている。うつぐみについての解説パネルを改めて熟読する。


「石を積むときは削らないで組み合わせる。揃えるところは揃える。大きな石、小さな石、形の良い石。石一つひとつにそれぞれの形があり役割がある。どの石をどこに使うか、表に使うか、裏に使うか、基礎に使うか、上に飾るか、それを見極めて積んでいく。野面積みをみると、うつぐみの精神だなぁって思う。みんないかす」


なるほど、と思う。島のいたるところで見かける珊瑚石灰岩を積み上げた石垣は、まさにうつぐみの精神の象徴だったのだ。それぞれの個性を認め合い、それぞれの役割を果たすこと。誰かが誰かになる必要はない。自分にできることで協力すればいい。


大きなパネルには島の人々の笑顔の写真とともに「うつぐみの心」を大切にする暮らしぶりが紹介されている。種取祭などの伝統行事を通じて、うつぐみの精神が次世代へと受け継がれていく様子が伝わってくる。


館内を見て回っていると、ゆがふ館の柱にふと目が留まった。木の柱に白く浮かび上がっている文字。


「感謝を捧げて一年が終わります。」


シンプルだが、心に沁みる言葉だ。


今ここに居ることに感謝。

健康でいられることに感謝。

この島を訪れることができたことに感謝。

感謝いっぱい。

また来年も来られますように。


こうして私の2025年の年の瀬が過ぎ去り、2026年を迎える心の準備が整った。うつぐみの心とともに。

 
 
 

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