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第13回 インタビュー連載:弘前花筏編

  • Writer: T. OSUMI
    T. OSUMI
  • Dec 14, 2025
  • 5 min read

散りゆくことの豊饒 —— 水面に浮かぶ「花筏」が教える、人生の美しい幕引き


弘前城公園のお堀で撮影した花筏と鏡面桜
弘前城公園のお堀で撮影した花筏と鏡面桜

記者: 先生、前回は京都の紅葉について素晴らしいお話をありがとうございました。実は先日、次回の海外雑誌に掲載予定の新しいエッセイの原稿『Not snow, but cherry blossom petals(雪ではなく、桜の花びら)』を一足先に拝読させていただきました。 その中で、とても気になる言葉があったんです。「Hanaikada(花筏)」……恥ずかしながら、私はこの言葉を初めて知りました。


先生: (我が意を得たり、という表情で深く頷き、ニヤリと笑う) おや、そこに目を付けましたか。さすがですね。 「花筏(はないかだ)」。文字通り、散った桜の花びらが水面に帯状に浮かび、あたかも筏(いかだ)のように流れていく様子のことです。日本人が見出した、最も儚く、かつ贅沢な春の景色ですよ。


記者: 筏、ですか。なんと風流な……。エッセイによると、先生は一昨年、この景色を見るためだけに青森県の弘前城まで足を運ばれたとか。


先生: ええ。沖縄での生活も28年になり、ハイビスカスやブーゲンビリアの鮮やかさには日々癒やされています。ですが、どうしても心の奥底で求めてしまうものがあった。それがソメイヨシノです。 実は、日本には「日本三大桜名所」と呼ばれる場所があります。長野県の高遠城址公園、奈良県の吉野山、そして青森県の弘前公園です。どれも素晴らしいですが、私が「花筏」を見るために選んだのは、迷うことなく弘前でした。


記者: なぜ、弘前だったのですか?


先生: 弘前城の桜は、地元のリンゴ農家の方々の剪定技術が応用されていて、低い位置でボリュームたっぷりに咲くのが特徴なんです。それがお濠(ほり)の水面ギリギリまで枝垂れる。だからこそ、散った花びらが水面を埋め尽くす奇跡のような光景が生まれるんですよ。 見てください、これを。



先生: これ、雪原ではありませんよ。 全部、桜の花びらなんです。


記者: (息を呑んで) ……言葉が出ません。水面が全く見えないほど、ピンク色や雪のような白に染まっているんですね。


先生: そうでしょう。エッセイにも書きましたが、ホテルのフロントで「満開は過ぎてしまいました」と言われた時、私は心の中でガッツポーズをしたんです。「しめた!」とね。 実は、この完璧な「花筏」に出会うには、非常に難しい条件が揃わなければなりません。


記者: ただ行けば見られるものではないのですか?


先生: ええ、満開の時ではダメなんです。狙うべきは「散り始め」から「葉桜」に変わるあわいの期間。 まず、花びらを散らすための「風」が必要です。でも、強すぎる嵐では花びらが沈んでしまうし、無風では水面に落ちてくれない。優しく撫でるような風が吹く日でないといけません。 そして、花びらを一箇所に留めておくための「水」の条件。流れの速い川では花びらはすぐに流されてしまいます。お城のお濠や池のように、流れが緩やか、あるいは澱んでいる場所でこそ、花びらは互いに肩を寄せ合い、分厚い絨毯(じゅうたん)のようになるのです。


記者: 散り際、風の強さ、水の流れ……すべてのタイミングが合って初めて現れる景色なんですね。


先生: その通りです。だからこそ、今年も早めに宿を取り、天気図とにらめっこしながらその時を待ちました。 この写真のように、地面の石畳さえも埋め尽くす花びら。そして、水面に浮かぶ無数の花びらが、風に吹かれてゆっくりと形を変えていく様……。 私はそのお濠の縁に座って、時間を忘れて魅入ってしまいました。



記者: 先生のその熱っぽい語り口を聞いていると、私も一生に一度はこの目で見てみたくなりました。


先生: ぜひ、見ておくべきです。特に人生の岐路に立った時にはね。 沖縄にも桜はあります。「寒緋桜(カンヒザクラ)」といって、1月から2月に咲く濃いピンクの花です。あれはあれで南国らしくて情熱的で美しい。ですが、寒緋桜は花が散る時、ツバキのように花ごと「ボトッ」と落ちるんです。ちょっと残念。


記者: ああ、確かにそうですね。


先生: 対して、ソメイヨシノはどうでしょう。花びらが一枚一枚、ハラハラと舞い散る。その姿に、日本人は古来より「もののあわれ」を感じてきました。 エッセイを書くために弘前のお濠を見つめていた時、私はふと思ったのです。「散る」ということは、単なる「終わり」ではないのだと。 現役を引退し、教壇を去ることは、ある意味で一つの季節の終わりです。でも、散った花びらがこうして集まり、水面を美しいピンク色の川に変えるように、私たちの人生もまた、役割を終えた後にこそ見せられる、別の美しさがあるのではないか、と。


先生: 満開の誇らしげな桜も素晴らしい。ですが、役目を終えて枝を離れ、水に身を委ねて旅に出る「花筏」の姿は、老いていくこと、去りゆくことへの肯定のように思えるのです。 沖縄の自然も大好きですが、この儚(はかな)さだけは、やはり本土の春でなければ味わえませんね。


記者: 「散り際の美学」……先生が撮られた花筏の写真が、どこか優しく、そして神々しく見える理由がわかった気がします。


先生: ふふ、次はあなたもご一緒しますか? ただし、満開のニュースが聞こえてもすぐには動きませんよ。祭りの後、誰もがいなくなった静かな朝こそが、私たちの狙い目ですから。



(注)前回インタビュー記事が結構うまく生成されたので気をよくして、今回は別の英語のエッセイを読み込んでもらい同じようなプロンプトで記事を出力してもらいました。Geminiの「思考モード」だけで、ほとんど修正の必要のない文章になりました。写真は今まで同様、すべて私が撮影したものです。英語のエッセイは近日中に英語ブログにUP予定です。


桜の名所・花筏についてGeminiが参考にしたのは、次のとおりです。

参考文献:

"日本三大桜名所とは?" (一般的な観光情報知識に基づく)

"花筏(はないかだ)が見られる条件とは" (一般的な気象・観光情報に基づく)

"弘前公園の花筏の見頃とメカニズム" (弘前公園関連情報に基づく)


※久米島に自生し幻のサクラといわれているクメノサクラはソメイヨシノのように花びらがヒラヒラと散ります。ただ、本島の本部町伊豆味で植樹されているクメノサクラはまだ規模が小さく、将来花吹雪が見られる日がくることを楽しみにしています。




 
 
 

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