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第10回 Michiko & Yoichi meet Flying Professor Part Ⅲ

  • Writer: T. OSUMI
    T. OSUMI
  • Dec 10
  • 13 min read

Updated: Dec 12

モナコからニースへの帰り道、ヴィルフランシュ=シュル=メールが一望できるバス停で途中下車し撮影
モナコからニースへの帰り道、ヴィルフランシュ=シュル=メールが一望できるバス停で途中下車し撮影

ヴィルフランシュ=シュル=メール


モナコからニースへ戻る途中、ヴィルフランシュ=シュル=メールの標識が現れた。


「ここだ」


海岸線から少し入ると、視界が開けた。

「わあ」美智子が思わず声を上げた。

目の前に広がったのは、絵葉書のような風景だった。


深い入り江を囲むように、カラフルな建物が並んでいる。オレンジ、ピンク、黄色、クリーム色。パステルカラーの壁が、この時間になっても強烈な太陽に照らされて輝きを放っている。


「モナコとは全然違うわね」

「ああ、こっちの方が落ち着く」


入り江には、無数の小さな船が浮かんでいた。白いヨット、小型のモーターボート、木製の小舟。モナコの巨大クルーザーとは対照的な、素朴な漁村の風景。


海の色も違った。入り江の浅い部分はターコイズブルー、深い部分は濃い青。透明度が高く、船の影が海底に映っている。


「きれいね」


崖の上には、白やベージュの建物が連なっている。山の斜面に張り付くように建てられた家々。その緑と建物のコントラストが美しい。車を港沿いの駐車スペースに停めた。


「La Mère Germaineはどこかしら」


港に沿って歩く。石畳の広場。黄色い大きなパラソルが並ぶテラス席。その奥に、レストランの看板が見えた。


"LA MÈRE GERMAINE"


緑色の庇に白い文字。"Depuis 1938"(1938年創業)と書かれている。


「老舗なのね」


レストランの前の広場には、黄色いパラソルの下にテーブルが並んでいる。白いテーブルクロス。その上には、小さな鉢植えの花。赤いゼラニウムが風に揺れている。


「素敵ね」


建物は四階建て。一階がレストラン、上の階は住居だろうか。ピンクとクリーム色の壁。窓には緑の鎧戸。バルコニーには花が飾られている。


すでに多くの客がテラス席で食事を楽しんでいた。家族連れ、カップル、友人同士。笑い声と話し声が心地よく混ざり合っている。


レストランに入ると、ウェイターが出迎えた。


”Bonsoir. Avez-vous une réservation?”

"Oui. ジェ ユヌ レゼルヴァスィオン オ ノン ドゥ Osumi" (J'ai une réservation au nom de Osumi)


「ああ、はい。Osumiさんはまだお見えになっていませんが、お席にご案内します」

と、すぐに英語に切り替えてくれた。


案内されたのは、港に面したテーブルだった。黄色い大きなパラソルの下。快晴の青空に映える真っ白なテーブルクロス。テーブルの上には、小さな赤いゼラニウムの鉢植え。

目の前には、ヴィルフランシュの港が広がっている。穏やかな入り江。浮かぶ無数の船。対岸のカラフルな建物には6月の太陽の光が降り注いでいる。


「最高の席ね」


美智子が座ると、入り江全体が見渡せた。海は静かで、波一つない。鏡のような水面に、船や建物が映り込んでいる。


港沿いの通りには、他のレストランも並んでいた。赤い庇の店、黄色い壁の店。どこも満席に近い。地元の人も観光客も、この港の雰囲気を楽しんでいる。


二人が座って五分ほど経った頃、レストランの入り口に人影が現れた。


ZOOMで見た顔。日焼けした顔に笑顔。予想していたより小柄な男性だ。

何よりも同年代とは思えないほど若々しい。


「こんばんは!」


オオスミさんだった。


「お待たせしました」彼はテーブルに近づいてきた。「会議が少し長引いて」

「いえいえ、私たちも今来たところです」洋一が立ち上がって握手をした。

「初めまして。洋一です」

「オオスミです。ようこそコート・ダジュールへ!」


美智子とも握手を交わし、Osumiはテーブルに座った。


「エズ村、どうでした?」

「素晴らしかったです」美智子が答えた。「午前中に行って正解でした」

「でしょう? 午後は人だらけですから」

「モナコも面白かったです」洋一が言った。

「あそこは別世界ですよね」Osumiが笑った。「私も最初に行った時は驚きました」


「でも、ここは落ち着きますね」美智子が港を見ながら言った。

「そうでしょう。ヴィルフランシュは、南フランスの中でも特別な場所なんです。観光地化されすぎてなくて、漁村の雰囲気が残ってる」


ウェイターがメニューを持ってきた。


「もうお決まりですか?」

「今日のおすすめのサラダとムール貝を」Osumiが即答した。「三人分。マリニエールで」

「承知しました。お飲み物は?」

「白ワインを。ベルレ (Bellet)があればベルレで。無ければこのあたりのワインで料理にあうものをお願いします」

「かしこまりました」


「あっ・・」と洋一が小さな声を出した。


ウェイターが洋一の方を向いた。


「あ、私はミネラルウォーターで」洋一が言った。

「ミネラルウォーター?」Osumiが不思議そうに聞いた。


「運転があるので」洋一は少し残念そうに答えた。「今日は一日運転でしたから」

「ああ、そうか」Osumiが頷いた。「それは残念ですね」

「本当はワイン、飲みたいんですけどね」洋一が苦笑した。

美智子が夫を見た。


「ねえ、私が運転して帰ってもいいわよ」

「いやいや、夜道は俺が運転するよ」

「でも」

「というより、君の運転だと不安で・・」

「ひどい!」と美智子は洋一を見ながら笑顔で言った。


「大丈夫だよ」洋一は笑ったが、その目はワインリストを少し名残惜しそうに見ていた。

「あ、そういえば」Osumiが言った。「明日はどちらへ?」

「まだ決めてないんです」

「じゃあ、イタリア国境に近いマントンはどうですか?ニースよりもカラフルな旧市街地も残ってますよ。たしか、世界一になったレストラン、ミラズール(Mirazur)もあります」Osumiが溢れんばかりの笑顔で答えた。「何よりもバスで行けば、お二人ともワインが楽しめますよ」


「バス?」

「ええ。100番のバス。1.50ユーロで、モナコ経由でマントンまで行けます。途中下車も自由ですし。本数も多いので混んでいたら次のバスを待てばいいですよ」

「安い!」洋一と美智子は顔を見合わせた。


「それはいいですね」洋一が言った。

「明日はぜひ、そうしてください」Osumiが笑った。「そして、レストランでたっぷり地元のワインを楽しんでください。マントンは値段もリーズナブルですよ」


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話をしている間に、太陽が少し傾き、海面がキラキラと輝いている。

港の向こう側には、オレンジや黄色の建物が並んでいる。その壁にまだ鮮やかな光が当たり、カラフルさが微妙に変化している。窓には花が飾られ、バルコニーには洗濯物が干されている。


「住んでる人がいるのね」美智子が言った。

「ええ。ここは観光地だけど、地元の人たちの生活の場でもあるんです」Osumiが答えた。「だから、雰囲気がいい」


ワインが運ばれてきた。南フランスの白ワイン。グラスに注がれると、黄金色の液体が光る。洋一の前には、ミネラルウォーターのグラスが置かれた。


「乾杯しましょう」Osumiがグラスを上げた。「琉大OB・OGの再会に」

「乾杯」


三人のグラスが触れ合った。

美智子とOsumiがワインを口にする。


「美味しいですね」美智子が言った。

「このあたりのワイン、結構いいんですよ。特にシャトー・ド・ベルレ (Château de Bellet)はすごく有名でシーフードにもぴったりです」


洋一は水を飲みながら、二人のワイングラスを少し羨ましそうに見ていた。


「洋一さん、明日はたっぷり飲んでください」Osumiが笑った。

「ありがとうございます」


やがて、ムール貝が運ばれてきた。


三つのココット。蓋を開けると、湯気と共に白ワインとニンニクの香りが広がる。


「わあ」美智子が声を上げた。


鍋の中には、ムール貝がぎっしりと詰まっていた。黒い殻を開いて、ふっくらとしたオレンジ色の身が覗いている。パセリが散らされ、白ワインのソースがたっぷりと絡んでいる。


「どうぞ、召し上がってください」


三人は黙々とムール貝を食べ始めた。


昨日ニースで食べたものとはまた違う。より新鮮で、身がふっくらとしている。白ワインのソースは、シンプルだが深い味わい。


「美味しい」洋一が言った。

「でしょう? ここは外れがないんです」

「ニースで食べたのも美味しかったですけど、これはまた違いますね」美智子が言った。

「漁港直送ですから」Osumiが答えた。「朝、目の前の港で水揚げされたものを、その日のうちに調理する」


ムール貝を食べながら、港を眺める。


魔法のような光を受けて港に浮かぶ船のシルエットが見事に浮かび上がる。マストが揺れ、ロープがカタカタと音を立てている。


対岸の建物も、少しだけ優しくなった太陽の光を浴びてコントラストが微妙に変化している。窓の明かりが、一つ、また一つと灯り始める。


「綺麗ね」


「いつ見ても飽きないです。この時期の太陽の光は創造の光と言われることもあるそうです」Osumiが言った。


テーブルの上の小さなゼラニウムも、太陽に照らされて赤く輝いている。


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ムール貝を食べながら、三人は琉大の話をした。

キャンパスの思い出。沖縄の文化。海の美しさ。学生時代のこと。


「私も沖縄の海と夕陽に魅せられて、琉大に転職したんです」Osumiが言った。

「同じです」洋一が答えた。「私は神戸から」


「偶然ですね。私も兵庫県出身です。最初は暑くて、時間感覚が違って、戸惑いましたけど」

「わかります」洋一が笑った。「私もコンパに10分前に着いたら、誰も来なくて。一時間半ほど待ちました」

「ああ、うちなータイム(沖縄時間)!」Osumiが大笑いした。「私も何度も経験しました」


美智子も笑っている。


「でも、このコンパで二人は出会ったんですよね」Osumiが尋ねた。

「ええ」美智子が頷いた。「だから、沖縄時間には感謝してるんです」

「素敵な話ですね」


「ところで」洋一がムール貝の殻を置きながら言った。「国際会議に参加しているなんてすごいですね。もう英語やフランス語はペラペラですか?」


「いえいえ」Osumiさんが笑った。「英語のプレゼンテーションは何とかパワポで誤魔化せますが、質疑応答は冷や汗ものですよ。フランス語はブロークンで何とか日常会話程度です」


「それでも十分すごいですよ」美智子が言った。


「でも」Osumiが少し声を潜めて続けた。「最近すごいものを手に入れたんですよ」

そう言いながら、Osumiは自分がかけている眼鏡を軽くポンポンと叩いた。


「すごいものって?」洋一が興味深そうに尋ねた。


「実はこれ、普通の眼鏡じゃなくて、翻訳機能がついたスマートグラスなんです」Osumiが目を細めながら答えた。「試作品をメーカーから借りて、今回初めて使ってるんですが、これが本当に革命的で」


「スマートグラス?」

「ええ。AIが音声を認識して、リアルタイムで翻訳してくれるんです。試してみますか?」


Osumiはかけていた眼鏡を外して、洋一に手渡した。


「いいんですか?」

「どうぞどうぞ。ちょうどいいタイミングです」


洋一が眼鏡をかけると、Osumiは近くを通りかかったウェイターに声をかけた。


"Excusez-moi. Pourriez-vous expliquer ce plat à mon ami en français?"(すみません、この料理をフランス語で友人に説明していただけますか?)


”Bien sûr”


ウェイターが笑顔で近づいてきた。

そして、ムール貝料理についてフランス語で説明し始めた。

その瞬間、洋一は思わず声を上げた。


「わぁ、すごい、すごい!」


美智子が驚いて夫を見た。


「空中に緑の文字でフランス語と日本語がリアルタイムで表示されてる......」洋一の目が大きく見開かれている。


「洋一さん」Osumiが囁いた。「小さな声で日本語で話すと、フランス語と英語が表示されるでしょ。ウェイターに何か質問してみませんか?」


洋一は興奮を抑えきれず、次々と質問を投げかけ始めた。


「このムール貝はどこで獲れたんですか?」


彼の日本語が、眼鏡の視界にフランス語と英語の字幕として表示される。ウェイターが答えると、今度はフランス語と日本語訳が同時に表示される。


「調理方法は?」

「白ワインは何を使っているんですか?」

「毎日メニューは変わるんですか?」


ウェイターは丁寧に答え続けた。質問の意味が完璧に伝わっているようだった。


「どうもありがとうございます」洋一は満面の笑みで眼鏡を外し、Osumiに手渡した。「すごいですね! 本当にすごい」


「でしょう?」Osumiが嬉しそうに眼鏡をかけ直した。「これと生成型AIのチカラで、国際会議も楽しくなりました。昔の苦労が嘘みたいです」


「羨ましいな」洋一が言った。「私が現役の頃にこんなものがあれば」

「海洋学の国際学会、多かったでしょう?」

「ええ。でも、英語での質疑応答は本当に苦労しました」


「わかります」Osumiが頷いた。「でも、時代は変わりました。今は技術が言葉の壁を越えさせてくれる」

「すごい時代になりましたね」美智子が感心したように言った。

「ええ。AIが通訳してくれるから、内容に集中できるんです」Osumiが続けた。「昔は言葉に気を取られて、肝心の議論についていけないこともありましたから」

「それ、よくわかります」洋一が笑った。「英語で話すことに必死で、相手の言ってることを半分も理解できてなかったり」


「そうそう」


三人は笑い合った。


時間を忘れて、三人は話し続けた。ムール貝を食べ、美智子とOsumiはワインを飲み、洋一は水を飲みながら。技術の話、研究の話、そして旅の話。


空はすっかり暗くなり、星が見え始めていた。港の街灯が灯り、水面に光が反射している。


レストランの中も外も、人々の笑い声で溢れている。隣のテーブルでは、家族が魚料理を楽しんでいる。向こうのテーブルでは、老夫婦が静かにワインを傾けている。


「楽しかったです」Osumiが言った。「こんな形で琉大のOBとお会いできるなんて」

「こちらこそ」美智子が答えた。「素敵な場所を教えていただいて」

「また何かあれば、連絡してください」Osumiは名刺を取り出した。「メールアドレス、ここに」

「ありがとうございます」


会計を済ませて、レストランを出た。

港沿いを歩く。夜の港は、昼間とはまた違った表情を見せていた。

街灯の光が石畳を照らし、建物の窓から漏れる明かりが温かい。レストランのテラス席は、まだ賑わっている。


”Bonne nuit” Osumiは握手をして、店に呼んでもらったタクシーのほうへ向かった。


洋一と美智子も車に乗り込んだ。

エンジンをかける前に、洋一は港を振り返った。


黄色いパラソル。ピンクのテーブルクロス。赤いゼラニウム。そして、穏やかな入り江に浮かぶ無数の船。午後8時半を過ぎたというのにあたりにはまだ明るさが残っている。


「いい場所だったね」

「ええ」美智子が答えた。「また来たいわね」

「不思議な一日だったわね」美智子が続けた。

「ああ」

「朝、何気なくAIに聞いて、まさか本人と会えるなんて」

「縁だな」


車を発進させ、ニースへ向かう。夜道は静かで、海岸線を走る。右手に見える海は暗く、でも街の明かりが水面に反射している。

洋一は慎重に運転しながら、今日食べたムール貝のことを考えていた。白ワインのソースの味。バゲットに染み込んだ香り。


「明日はマントンね」美智子が言った。

「ああ。バスで行こう」

「二人でワインが飲めるわ」

「楽しみだ」


ホテルに戻る途中、洋一は今日一日を振り返っていた。

エズ村の景色。モナコの華やかさ。ヴィルフランシュのムール貝。そして、オオスミさんとの出会い。

ワインは飲めなかったけれど、それでも充実した一日だった。

そして明日は、二人でワインを楽しめる。


「楽しいわね、この旅」美智子が言った。

「ああ」洋一は答えた。「まだ始まったばかりだけどな」


ホテルの駐車場に車を停め、部屋に戻る。

窓を開けると、海風が入ってきた。波の音が、遠くで聞こえる。


明日はマントン。その後は、イタリア? それともマルセイユ?

まだ決めていない。

でも、それでいい。


二人で歩く旅。ムール貝を追いかける旅。

その先に何があるのか、まだ誰にもわからない。


洋一はベッドに横になりながら、ヴィルフランシュの港を思い出していた。

黄色いパラソル。ピンクのテーブルクロス。赤いゼラニウム。


そして、夕日に染まる穏やかな入り江。


目を閉じると、波の音が聞こえる気がした。


地中海の波。


穏やかで、優しい音。


その音に包まれながら、洋一は眠りに落ちていった。


---



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(注)掲載した写真は2013年に現地で撮影したものです。快晴で地中海の海の色の変化が魔法のようでした。どこで撮影してもそのまま絵葉書になりそうな風景です。


ちなみに、南フランスの太陽が芸術家に与えた影響は大きいようです。


(例)

「今こちらはとても輝かしい陽光で,強烈な暑さだ。風がないので,僕の絵の制作にはうってつけさ。この太陽,この光,うまく言い表せないのでただ黄色と言うほかはない。薄い硫黄色,淡いレモン・イエロー,黄金の色。何とこの黄色は美しいのだろう。北国がどんなところかこれまで以

上に分かるような気がする。ああ,君がこの南仏の太陽を見て感じる日の来ることを願っているよ。」

(1888年 8月 12日頃に南仏のアルルで投函され,パリの弟テオに宛てられたゴッホの書簡。批判版ゴッホ書簡全集での番号 659。原文フランス語)

「フィンセント・ファン・ゴッホと太陽の美学: フランス現代思想の視点から」


南フランスの太陽は、これらの芸術家たちにとって、従来の絵画表現の枠を超え、より自由で主観的な色彩と光の表現を追求するための重要なインスピレーション源となったのです。

→色彩の爆発や独自の光の表現

→パリとは異なる強烈でクリアな自然光


 
 
 

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